東京都中途失聴・難聴者協会トップ>仲間のメッセージ
あなたも仲間づくりしませんか? 
豊かなコミュニケーション その1 手話とは?
| あなたも仲間づくりをしませんか? |
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ひとりぼっちの寂しい毎日を過ごしている方 聞こえないから仕方がないとあきらめないで 聞こえない不便を克服して、人生の悩みや苦しみを話し合い 一緒に考え、手をたずさえて、楽しく生きる努力をしませんか。 楽しい仲間があなたを待っています。
この協会は都内で活動していた中途失聴・難聴者団体の会員や、 今まで団体に入っていなかった人達が“力を合わせて 明るい豊かな生活を築いていこう” という考えで出発したものです。
それ以外の聴覚障害者、健聴者の方も会員になれます。 よい出会いがあります。 生活に便利な情報機器を見つけることができます。 仲間と楽しくおしゃべりすることができます。 福祉について知ることができます。 似合いのカップルも誕生しています。 夢と希望が生まれます。
耳の不自由なことも忘れて、楽しい交流をしませんか。 そこからきっとあなたの人生は 明るく希望に満ちたものになるでしょう。 磁気誘導ループ(補聴器でよく聞こえます) 手話通訳、要約筆記(OHPを使ってスクリーンに文字を映す方法や 隣に要約筆記者が付いて書いてくれるノートテーク等があります)などによって コミニュケーションの保障は万全ですので、 安心して参加して下さい。 どうぞあなたもご気軽に入会してみませんか。 |
| 豊かなコミュニケーション その1 手話とは? |
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手話は見る言葉です。 耳の聞こえない人が、 手・体・表情などを使って紡ぎ出す豊かな言葉です。 一定の意味を表現します。 表情や動作の強弱により、 その感情や状態の程度を自由に表すことも出来ます。
雨が降る様子・・ そのとき、雨の状態はシトシトと降っているのか、 どしゃ降りの大雨なのかなど、 降っている状態を含めて表すことが出来ます。
人が歩いている様子 そして、まっすぐに歩いているのか、 フラフラと歩いているのか、 歩き方は速いのか、ゆっくりなのかという状態、 更には嬉しそうな歩みなのか、寂しそうな歩みなのかも、 表情と合わせて表現することが出来ます。 その暮らしのなかで互いの意思の疎通を図る手段として、 大切に守り育ててこられた神聖な言葉です。 |
| 豊かなコミュニケーション その2 手話の語源について |
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手話は、私たち日本人の持つ いろいろな習慣や動作が基本になって作られています。 手話をより正確に豊かに表現するためには 語源を知ることもひとつの方法です。 しかし、時代の流れとともに、表現が変化し、 語源が不明確になった手話も少なくありません。 いたずらに語源にこだわるのではなく、 さまざまな人と手話でコミュニケーションするなかで 生きた手話表現を身に付けていくことが大切です。 |
| 豊かなコミュニケーション その3 中途失聴者・難聴者にとっての手話 |
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私たち中途失聴者・難聴者は、 補聴器・筆談・読話(相手の□の動きを読み取る方法)・空中文字(空文字)など さまざまなコミュニケーション手段を駆使し、意思の疎通を図ってきました。 また私たちは、聞こえの状態や聞こえなくなった時期などが一人一人違うため 使用するコミュニケーション方法は、人によってまちまちです。 成育の過程で、聞こえない・聞こえにくいという状況に置かれてきたため 読話の習慣が身に付いている人が多いのですが、 成人後、失聴あるいは難聴になった人の場合は それまでの、《聞いて話す》、という状況から一変し 《話すことは出来るが、聞こえない・聞こえにくい》 という状態に陥るため、 新たなコミュニケーション手段を身に付けなければならなくなります。
たとえ習熟したとしても、100パーセント確実というわけにはいきません。
なかには適さない人もいます。
これも相手の顔を見ながら、書いたり読んだり出来るものではなく 時間もかかり、もどかしい面があります。
それ故、いくつかの方法を組み合わせ、更には、勘を働かせながら 努力してコミュニケーションを図って生きてきました。 今までのコミュニケーション方法に加えて手話を取り入れることによって 全神経を耳に集中させて聞き取る苦労が軽減され なによりも自分の思いを自由に相手の顔を見ながら話し 相手の返事も見て理解することが出来ます。 集団でのコミュニケーションも可能で、 離れた位置でのやりとりも出釆ます。
人間関係もより豊かに、潤いのあるものになることを知りました。 忘れていた、あるいは知らないでいた、 人と人との生きた会話を取り戻すことも出来ます。
習得に時間がかかり 覚えても使う環境に身をおきにくいなどの難点はありますが 私たちにとって大変便利なコミュニケーション手段です。 私たちが手話を使うときは、発語しながら手話を表すことになります。 私たちにとっては、この方法がごく自然だからです。 したがって、手話表現は、日本語に対応させて使う形になります。 指文字・表情・位置・方向などを取り入れながら、 中途失聴者・難聴者に表し易い、 読み取り易い表現方法を各自工夫しているのが現状です。 読み取るときも、手話や指文字を通して そのまま日本語を聞く様な読み取り方になります。
本来の手話と異なる面があります。 大切なことは 手話を使う私たちが、 互いに伝え合いたいという気持ちを根底に持ち 相手に分かり易い方法で コミュニケーションすることです。 |
| 私たちの体験 その1 手話は自己実現するためのパスポート |
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早いもので手話講習会を修了してあっという間です。手話を覚え始めて一番良かったと思うのは、やはり同じ障害を持つ大勢の仲間に出会えたことです。私は物心ついた頃からの難聴でしたが、小学校から大学まで普通学校で、その間聴覚障害者に会った記憶はほとんどありませんでした。聴カレべルが70デシべル前後ということもあって、学生時代は周りと自分をいかに同化させるかということに汲々としていました。 そんな私が社会人になると行き詰まり、自分は“聞こえない”それ故に「電話が苦手」「職場の人とコミュニケーションがとれない」「昼食時の雑談が辛い」……。そんな時に、自分と同じ難聴者はどうやっているんだうう?“難聴者に会いたい!”と、切実に思い、手話講習会に申し込んだのです。 さて、開講式当日、たくさんの難聴者に出会いました。それだけでも私にとっては驚きでしたが、さらに、前になんだかスクリーンのような物が置いてあるのです。“何に使うんだろう……?”それは、いざ開講式が始まると分かりました。 講師の話・司会者の言葉・挨拶の言葉が文字となってスクリーンに現れてくるのです。生まれて初めて人の話がストレスなしで、しかもリアルタイムで分かり、大きな喜びでした。肩の力がスーツと、抜けていくのが分かりました。そして、多くの方の尽力と熱意でこの講習会が成り立っていることを知りました。 手話講習会に通っている間の金曜日は、毎週通うのがすごく楽しくて、待ち遠しい一週間でした。会社で嫌なことがあったりしても、金曜日になると嫌な思いは、スーツと吹っ飛びました。私の大切なオアシス・精神安定剤でした。 ちゃんと会話についていけたら、自分もこんなに他人と明るく楽しく会話が出来るんだということを知りました。友達と同時に笑える楽しさも知りました。それまでは、話が分からないのに笑う癖がありましたが、それはすごく不自然なことだったんですね。みんなと声を合わせて同じタイミングで笑うことができる・・・。それがとんなにか心をリラックスさせ、本来の自分を取り戻すことができるかということが分かりました。それは手話のお陰です。手話は私にとって仲間作りの大切な手段となり、多くの仲間との交流が、ありのままの自分でいいんだという自信をつけさせてくれました。 私は講習会の時は受け身の態度で受講していましたが、今は難聴者協会の青年部で活動しています。この活動がさらに自分の可能性を広げてくれました。表に出て積極的に何かをやるということが決して出釆なかった私が、青年部の活動で講演会の企画をしたり、先頭に立って周りをまとめたり、といった機会に恵まれました。これは普段の日常生活ではなかなか得られない貴重な経験で、今の私には大きな自信となっています。 手話は私にとっては、自分を取り戻し、自己実現するためのパスポート、そして転機だったと思います。 |
| 私たちの体験 その2 人生を変えた手話の学習 |
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私は、中途失聴・難聴者手話講習会の受講を開始して、本当によかったとつくづく思っています。ちょっと大袈裟なようですが、でもはっきりと自分の人生が変わったと思います。 難聴になってからの9年間は、とにかく聴力の回復のために、自分にできる限りの最大の努力をしてきました。一日もはやく回復して、元のようにパリパリ仕事をやりたい、それをあらゆることに優先してやってきました。9年経ってみて、「もう、聴力の回復のために、やれることはやった」と思った時、これからは、この耳の状態でも出来ることを精一杯頑張ろうと、初めて難聴との共存という方向に心が向きました。 でも、なにをどんな風にやって行けばよいのか、皆目分かりません。まずひとつだけ、思い浮かんだのは「手話を学ぶ」ということでした。難聴に苦労しながらも、いろいろなところに問い合わせて、やっと中途失聴・難聴者手話講習会に辿り着いたのでした。 先生は、講義のなかでよく「手話の勉強も大切だけれど、同じ難聴の仲間との交流や心の立ち直りも大切。」とおっしゃっていましたが、本当にそうだと思います。 仲間の皆さんにお会いして、大変なのは自分だけじゃない、みんなも頑張っているんだ、同じ心の痛みを経験してきたことからくる共感、連帯感、聞き取りにくいということを忘れて付き合える安心感、等々を強く感じ、勇気や元気が湧き、難聴の仲間ができて、人生が一気に明るくなりました。 難聴になってからは、周りの人達と一緒に笑うということが極端に少なくなってしまいました。私は好奇心旺盛なので、決して退屈な日々を送っていたわけではありませんでしたが、でも活発な会話は出来ないため、会話の中で大笑いすることは、殆どなくなっていました。何かの拍子に声を出して笑った後で、声を出して笑ったのはいつ以来だろうと、ふと思い、ゾーッとしたことが何度もありました。 同障の友達ができ、聞き違いをしないようにとか、筆談を頼むなどに対するプレッシャーはなくなり、自分の痛みを分かってくれているという安心感とともに会話をし、みんなと一緒に大笑い出来るようになり、心からの幸せをしみじみと感じられるようになりました。 手話を習い始めてから2ケ月目の初めての交流会は、自分にとって大きな出来事でした。それまで、覚えたての手話を講習会のみなさんとお会いした時には、どんどん使っていましたが、それは簡単な挨拶や紋切り型のフレーズ、ちょっとした雑談の付け足しにとどまってました。ところが、この交流会の時は、幼児が話す日本語よりもなおたどたどしい手話でしたが、それでも聞き取れないもどかしさや、筆談でのタイムラグを感じることなく、健聴の時と同じように、自由にお互いの言葉を交換する、生き生きとした会話のなかで、初めて手話を使うことが出来ました。 「生き生きとした会話を、手話によって再び取り戻すことができた喜び!」これは、ヘレン・ケラーが、井戸から溢れ出る冷たい液体が“WATER”と認識でき、この世に「言葉」というものがあるのだと知った時の喜びにも似た爆発的な喜びでした。「自分も手話を使えば、以前のように生き生きとした会話が出来るんだ!」本当に涙が出るくらい、うれしい出来事でした。 これからの人生を切り開いていく上での、勇気と元気そして仲間と手話、これらの宝物を手に入れることが出来ました。本当にありがとうございました。 |
| 私たちの体験 その3 大切なのは伝え合いたいという意思 |
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我が家は4人家族ですが、妻だけが難聴者で、夫である私も2人の子供(8歳と6歳)も健聴者です。我が家の場合の家族間のコミュニケーション・手話の果たしている役割・手話を私がどう思っているか、について述べてみます。 妻は幼児期からの難聴者ですが、手話を覚えたのは遅くて、30歳くらいの時だそうです。健聴者の中で生活してきて、聞こえない仲間をほとんど知らず、手話も身近でなかったためです。手話の習得と同障の人たちとの出会いは、ほぼ同じ頃のことでした。 これらふたつは、妻にとって画期的なことだったと思います。同じハンディを抱える仲間かたくさんいること、手話によって会話ができることを知り、それまでの孤立感や疎外感がだいぶやわらいだでしょう。 私の方は結婚前、一年ほど手話の入門講座に通ったことがあります。妻だけでなく、聴覚障害者の人はひとりも知らず、手話を学びだした後、聴力に障害のある人たちと知り合うようになりました。そして、結婚相手も難聴者でした。ただ、その後は手話を特に学ぶこともせず、妻以外の聴覚障害者と会うことはいくらもありませんので、私の今の手話力は、初級より少しまし、といったところです。 夫婦間のコミュニケーションですが、そうは困らないというのが、正直なところです。ゆっくりめで話したり・時には繰り返したり・少し手話や指文字を付け加えたりで、大体通じます。これは、妻や子供たちとの会話でも同じです。上の子は指文字を知っていますし、下の子も多少は覚えました。 だからと言って、全然困らないとは言えません。健聴の側の私や子供たちが、不便を感じることはあります。一方、妻も家族が手話を上手くなり、もっと使ってくれれば・・・、という思いはあるでしょう。確かに手話の役割は大きいと思います。ただ、手話に頼り過ぎない、過信しない、というのも案外大事なことだと思っています。 コミュニケーションで一番大切なのは、相手に伝えよう、相手の伝えることを受け止めよう、という意思です。手話はあくまで、そのための手段のひとつです。 手話力が向上すれば会話もしやすくはなりますが、意思が乏しければ充分なコミュニケーションとはならないでしょう。逆に、手話がたどたどしくても、会話を交わしたいという意欲が強ければ、充分に相手との交流は出来ます。 幼い頃から手話に接していれば別ですが、ある年齢になってから覚えようとしても、なかなか難しいものがあります。なかなか覚えられない、すぐに忘れてしまう、普段使う機会が乏しい、面倒だからと家族が覚えようとしない等、心がめげてしまいがちな場合はいくらでもあると思います。ですが、手話力が乏しくても、話したい、聞きたい、という意思があれば結構会話はできます。 |
| 私たちの体験 その4 私と手話 |
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中途失聴である私が必要に迫られて手話を覚え始めた頃、手話を使って語ろうとすると、スムーズに言葉が出てこなくて何度も立ち往生したことがある。これは覚え始めたばかりで手話が未熟であり、知っている単語が少なかったことが理由であろうが、聞こえていた間にしっかり身についた日本語、思考し判断する私の人間としての全生活の基盤である日本語が、手話と充分に対応しなかった点にも原因があったと思う。 中途失聴者・難聴者が手話を受け入れるまで、心の葛藤を超えて求めているのは、人と人をしっかり結ぷ豊かでスムーズなコミュニケーションの回復である。 そのためには、母語である日本語を伸ばす手話であり、変化していく社会にも対応し、明るい明日につながるものであって欲しいと思う。 さらに、中途失聴者・難聴者にとっての手話とは、バイリンガル習得だけでなく、コミュニケーション回復が人間性回復に至る意味を持ち、福祉に深く関わる事柄でもある。 1975年から始められた中途失聴・難聴者手話講習会で学んだ多くの仲間が、手話を学ぶことで聞こえない苦しみを乗り越えて、新しい気持ちでそれぞれの人生を歩み出した例を、私はたくさん知っている。 |