ホーム 聞こえに困っている方へ 「私は誰?」という問いの先に - 聞こえに困っている方へ

「私は誰?」という問いの先に - 聞こえに困っている方へ

大学時代の恩師・故千野香織先生は、米国で「私は誰?」と問い続けながら毎日を生きる人々に出会ったと美術史の論文に書いた。その多くが「従来の言説からは無視され、あるいは貶められ、周縁に押しやられてしまう」人だったという(千野香織「日本美術史とフェミニズム」『千野香織著作集』ブリュッケ)。

「私は誰?」という自問自答は、これを読んでいる方もするのではないだろうか。

自分は難聴者か、中途失聴者か、ろう者か、あるいは聴覚障害者なのか?逆に障害者差別を恐れたり劣等感に苦しんだりして、聞こえにくいことを隠し、聞こえるふりをする場合もある。「私は誰?」……この問いは切実だ。

では、この私は誰なのか。

これまで私は「15歳の時に突然聞こえにくくなった、中途失聴者」と説明してきた。しかしよく考えてみると、本当の私を語ってはいない。実際には、それ以前も私は片耳が難聴で、決して健聴者と同じではなかった。

物心ついた頃から左耳は正常だったものの、右耳は高い音の聞こえが少し悪く、聴力検査で必ず引っかかった。9歳のある朝、突然右耳の聴力が下がった。しかし当時の病院は、右耳が悪くなっても左耳が聞こえていれば問題はない、という診断だった。そのため「私は聞こえる人」だと思い続け、9歳から15歳までの状況を最近まで考えなかった。

片耳の障害を受容するきっかけがないまま、周囲だけでなく本人も気づかないうちに生じる心理的負担はかなり大きい。左耳に水が入るなどして一時的に両側難聴状態になった時の恐怖は今でも覚えている。水が抜けて心からほっとしたことも忘れられない。

千野先生は冒頭の論文のなかで「あなたは誰?」と問いかけながら、「自分を縛ってきた過去の価値観から解放され」るべきだと指摘する。ならばもし今、「あなたは誰?」と問われたら、「私は小さい頃から右耳の聞こえが悪く、15歳で左耳も聞こえにくくなった中途失聴者で、人工内耳を装用している」と答えようと思う。

(40代女性・中途失聴者)

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